ユリイカ 2015年3月 月間臨時増刊号 総特集150年目の『不思議の国のアリス』青土社  

高山宏・責任編集 

本朝ありす御伽(ミメーシス)

 

 

ウスウスしていたアリスは目をパッチと見開いてぐるぐるっとさせました。

黄金の午後をもて余し、寝そべって花冠を編んでいたアリスの背中を、なにかが踏みつけたのです。

 前に見えたのはぴょんぴょん跳ねる白うさぎ。「大変だ大変だ、遅れてしまうぞ!」そう言いながら上着のポケットから懐中時計を取り出して慌てで飛んでいきました。アリスはうさぎ語がいつから判かるようになったのかしらんと刹那に思いましたが好奇心が身体中を駆け巡り「待ってー!」と、後を追ったのでした。

 うさぎは野原の木の根っこの下の大きな穴に飛び込んでしまったので、アリスもすぐに続いて飛び込みました。

けれども、飛びおりてから心配になりました。はてしない落下。時間が音を立ててグニャーと引きのばされ、空間が歪みこれは相対性理論実証の場、時代の先駆けともなったのですが、速度があまりにゆっくりで、地球を割ってなかを眺めることができたら宇宙遊泳をしてるように見えた筈です。それでまた朦朧と睡魔が押し寄せたので、それを払うのに暗算をしました。

 「1+2+3+4は10。10は完全数って本当?万物は数?」。ひとりごちるアリスでした。

 「ねえ穴の下は本当は上で、本当は上は下かも。お星は回り宇宙に上下なし! でも地球を突き抜け第10番惑星・対地球まで飛んでってしまわないかしらん」。

 

おしゃまな受け売りの古代クロトンの知識を思い浮かべたその途端! ぼっしゃーん、ざぶーん、……。突然の海底。慌てふためき水面をたぐってはいだして、さしもの落下が終わったのです。                                                      

「わがこころ ゆたにたゆたに海蛍 辺にも沖にもよりかつましじ」
                                                                                                                                                             

 放心状態で詠んだお歌は本歌取り。棚機(たなばた)姫がルーツの遠州木綿のお召しにエプロンの身支度。勿忘草色の天鵞絨(ビロード)鼻緒のじょじょ。

                                           

海水で濡れた髪は火照った頬にまとわりついていましたが、乾くと漆黒のおかっぱ少女に‘ありす’は、メタモルフォーセースしていました。

 

 ここは一体どこなのか真っ暗で分かりませんでしたが、目の前に長い横穴がありました。あっ、前方に例の因幡の白兎を発見!

 

「待って!」。ありすは急いで追いました。でも大丈夫でしょうか。この暗黒はオシリスの黄泉の国? 心臓を正義の天秤にかけられるのかも知れません。岸で水仙を摘んでいてハデスに攫われたペルセフォネのように、冥土の女王にされてしまうかもしれません。

 

 麗しい乙女、神代の話しと見くびることなかれ。寒いお国の船にのせられて国母に祀られることもあるのです。それともプラトンの『洞窟の譬え』の入り口なのかもしれません。A邪儺忌囮(えーじゃないか)! とんでもポリティックス国へようこそ!

 

 ぼんやりと明りが見えてきました。提灯がずっと奥まで続く広間に出たのです。そこには、ずらっと襖が並んでいましたが、近づくとどれもが壁に描いたタダの絵でした。几帳(きちょう)が置いてあったのですがその後ろに一尺ほどの小さな戸が見つかりました!

 

でも錠がかかっていましたから屈んで鍵穴の中の様子を覗いてみたのです。

 

 するとそこには見たこともないピクチャレスクな枯山水庭園がありました。無造作に、押され乱れた花々の吐息。ムスクな匂いが生あたたかい春風に伝わって漂います。それから奥の方からひしめき、鳴る音に耳を澄ましました。ピーヒャラララテンツクテン。祭囃子に違いありません!

 

 「あぁここを通れたらどんなに素敵なことかしら。綿菓子を口で溶かしながら紙芝居が見れるのに」と、思いながらありすはその方法を探しに辺りをうろうろしました。すると几帳の薄絹が、どこからともなく吹きつけた湿った風に靡なびいて翻ひるがえったのです。その時チリチリンと、鈴虫に似た音色がしました。几帳の紐は蜷にな結びでくくってあるのですが、そこに鍵も一緒に結わいてありました。

 

 「鍵は見つけたから、つぎはこびとになる方法を探さなくちゃ」。その答えは再びの一吹きの風が運んだのです。帷がゆらりとはためくと、何かが転げてありすの草履に当たりました。

 

 手に取ると、それは瑠璃色のビードロの瓶でした。何処から転がってきたのか分かりませんが瓶の表には「わたしをのんで」と、書いてあります。ありすは元気で勇敢なジャンヌ・ダルク的性格でしたので、これを飲んだらきっと夢のようなお庭に入れると思いました。毒の文字はどこにもなかったのでたちまち飲み干してしまいました。

 

 檸檬水ベースに野いちごとあんみつ、みたらし団子にわらび餅、あんずの甘露煮、桜鯛の奉書焼、鮑とエビの入った松茸の土瓶蒸し、塩むすびを混ぜたようなおいしい味がしました。

 

 これから何が起こるのかワクワクしました。それは間もなく訪れました。ありすはあっという間に一尺まで縮んでいきました。

 

小躍りして歓んだのも束の間「だめよ。だめだめ! これじゃ鍵に届かない。くくってある紐を解くこともできなわ!」。

 

 強気のありすもこれには落胆してへなへなとしゃがみこみヒクヒクと、おえつを漏らしたのです。「ねえ、そんなに泣いてたって仕方ないじゃないの!いますぐ泣くのやめなさい!」と、自分をきつく諌めました。ありすは二役するのが好きでした。

 

 なぜって、神話にあるようにむかしむかしの人間は、二人が背中合わせにくっついて、一つの生きものだったのですから。

 

 その人間はなにものをも恐れぬ強い力をもって傲慢になり、遂には神の怒りをかって真っ二つに引き裂かれてしまいました。それで失くした片割れを求めて、人は彷徨い続けるのだそうです。

 

 ありすは物語が大好きでした。絵本ならなおさら。そうしていると砂糖の甘い匂いが鼻を擽りました。なぜ今まで気づかなかったのか分かりませんが、天井から吊るし雛が尾をひくように垂れさがっていて、その中に菱葩餅(ひしはなびらもち)と短冊も吊るされていて、墨筆で「わたしをたべて」とありました。

 

積極的なありすは「たべてみるわ」と、言いながらひと口だけ食べて、伸びるのか縮むのか確かめようとしました。でもいっこうに変わらなかったので、ありすはお餅をすっかり平らげてしまいました。

 

 「ふぎしったら、ふぎし!」ありすはさけびました(あんまりびっくりしたので正しい言葉使いを忘れてしまったのです)。

 

 「高山寺の鳥獣戯画! 長い長い絵巻物みたいに伸びてるみたい!さよなら、足さん!」

 

 

 ちょうどそのとき、頭が広間の天井にぶつかりました。背が十尺になっていたのです! 大きくなって鍵を取ることが適ったのです! けれども可哀想なありす。ピクチャレスク・ガーデンへの躙口を潜るのが前よりいっそう難しくなってしまいました。

 

 ありすの巨眼から何十斗ともの涙があふて、大きな池ができました。

 

 暫くすると遠くからパタパタと小さな足音が聞こえてきたので、ありすは何が来るのかと思って急いで泣くのを止めました。

 

 それは白手袋と扇子を手にした因幡の白兎で、羽織袴の盛装をして戻ってきたのでした。「ああ、公家夫人が、公家夫人が!待たせたらおかんむりだ!」。

 

 呟きながら走ってくる白兎に、さっきから途方に暮れていたありすは、藁をもつかむ思いでおずおずと「あのうー」と話しかけました。すると白兎は必要以上に驚いて、脱兎のごとく暗闇の中に消えてしまいました。もう物音ひとつしません。

 

 一人取り残されたありすは、「今日はなんてへんてこなのかしら! 昨日はいつもと同じだったのに。寝ている間にわたしじゃなくなっちゃったのかしら。そういえば、今朝からなんだか変だったような気もするわ。わたしなのにわたしじゃないとすると『わたしは誰』ー 」。

 

 不安におそわれたありすは、essentiaとexistentiaの本性に意識をつのらせたのでした。

 

                                                                (第一章. コギト おわり)

 

 

 明治維新まであと三年。アリスはどうして日本人に変貌したのか! 続きはいつかネ☆

 

 

  ユリイカ2015年3月 月間臨時増刊号 

  総特集150年目の『不思議の国のアリス』

      責任編集 高山宏   青土社 

​“ 学魔・高山宏 ” を学んできたので、「ユリイカ」の執筆という名誉のご褒美を先生に賜ったのでした!

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