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メタモルフォーゼ





アフターコロナ

緊急事態宣言が解除され半月が経過

しました。東京アラートも11日解除。

それでも第二の波がいつどのような

形で発生するか不安は隠せません。

煽りに煽られた今回の地球規模の騒

動の目的は何だったのでしょうか。


例えば感染者並びに死者数を見ると

不思議な思いがしてきます。

NHK発表の6月10日のコロナ状況を

見ると、これまでに国内で感染した

方は17,306人で、そのうち亡くなら

れた方は922人です。

世界の合計では411,436人がお亡く

なりになりました。

厚生労働省ホームページ「新型イン

フルエンザに関するQ&A」から、

季節性インフルエンザと新型イン

フルエンザを比較した質問を見て

みました。

今回の新型インフルエンザの病原性

は季節性インフルエンザと同等とい

う報道がなされていますが、心配し

なくてよいということですか?

という質問に、

現時点では、ウイルスの感染力やウ

イルスがもたらす病原性等について

未解明な部分がありますが、今回の

新型インフルエンザについては、季

節性インフルエンザと同様に感染力

が強いものの、多くの患者が軽症の

まま回復しているとされています。

・・・

また、ほとんどの方は新型インフル

エンザに対する免疫がないことから、

慎重に対応する必要があります。


通常の季節性インフルエンザでは、

感染者数と死亡者数はどのくらい?

という質問には、

例年のインフルエンザの感染者数は、

国内で推定約1000万人いると言わ

れています。

・・・

また、直接的及び間接的にインフル

エンザの流行によって生じた死亡を

推計する超過死亡概念というものが

あり、この推計によりインフルエン

ザによる年間死亡者数は、世界で約

25~50万人、日本で約1万人と推計

されています。

と記載されていました。

超過死亡概念とは、インフルエンザ

流行がなければ回避できたであろう

死亡者数を意味し、世界保健機関

(WHO)が提唱している概念です。

これを踏まえますと、

日本における死者数

季節性インフルエンザ→10000人

新型コロナウイルス→ 916人



この数字を見て驚かずにはいられま

せん。

昔、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ

のイマジンを聴いたとき「国境がな

く世界がひとつになって、みんなが

平和に暮らすのを想像してごらん」

と一緒に口ずさんで、希望に溢れる

想いに浸ったものでした。

しかし実際に現れたグローバル社会

それは、国境を越えて国自体を株式

会社化して支配する企てで、人々を

監視化し、徐々に共産化へ誘導して

いく計画だったと思えてなりません。


シャドーガバメントに操られ、王侯

貴族と極々僅かの超エリートだけが

潤うシステムで、それは地球全体を

幸福に導くものではありませんでし

た。別の言い方をすれば誰かを犠牲

にする社会を作り出しているという

ことです。

そして今、世界はますます怪しい様

相を現し始めています。取り返しの

つかない事態へ進んでいると感じる

のは単なる妄想でしょうか。

あなたは未来に希望を抱いておられ

るでしょうか。

わたしにはこれから恐ろしい成行が

待ち構えているように思えてなりま

せん。希望は、パンドラの箱に唯一

残された最後の希いだというのに、

行方が霞んで見えないのです。

けれど諦めてはなりません。




覆すことは無理と思われる闇にも、

終わりは必ず訪れます。

古代からの歴史を振り返れば、巨大

帝国でさえ滅亡するのです。

不正は暴かれ終焉を迎える時はいつ

か確実に訪れます。それが万物の法

則であり宇宙の法則なのですから。


このような話をするのは、大袈裟に

思われるかもしれません。

でも今回のコロナ騒動は、地球上の

誰をも、そうです、全人類にひいて

は動植物を含めた全生命に、恐怖と

不安を与えた企てだったことに、怒

りの声を上げなければいけないです。

世界統一の権力は周到な準備を相当

な年月をかけて計画し、ウイルスは

その手段にすぎません。

今回それが実行に及び、地球全体が

震撼したのです。

メフィストフェレスに魂を売り渡し

たファウストさながらの展開です。


それでも気付かぬふりをしてなされ

るがままに甘んじ、少しでも喉元を

過ぎれば熱さを忘れるように何事も

なかったかのような日常に埋没し、

日一日と眺め遣っているわたしが鏡

に写っています。本当の危機がこれ

から本当に起こるのだろうかと、隠

れて見えない影に惧れを抱いて。

目を醒さねばなりません。

哲学との邂逅

魂とは不可知なものです。

それは本当に実在するのでしょうか。

魂とは肉体を失ってもなお生き続け

る信念でしょうか。

わたしにははっきりと申し上げるこ

とができませんが、魂という言葉が

見事に符合する人を知っています。

ソクラテスです。

わたしはこの20年、ソクラテスに私

淑し正義とは何かを学んできました。

ソクラテスに触れると頭上に雷電を

落とされたように醒覚します。

ソクラテスは机上の空論を唱える人

ではありませんでした。行動と実践

に終始した賢者です。

ソクラテスを知って一番に驚愕した

ことは、その死の様でした。

一瞬たりとも死に恐れを抱かない人

などいるでしょうか。

ソクラテスは、不法な裁判で死刑に

処されますが、微塵も恐れることが

なかったのです。


死の時刻が訪れると、毒杯を差し出

す牢番役人の痛みにまで心を砕き、

その者の祝福さえ祈りました。

そしていつもと寸分変わらぬきげん

で毒杯を仰ぎましたが、ついにこの

時に至って、仲間のアポロドロスは

嘆きと怒りのあまり大声をあげて泣

きだしそこにいたすべての人の心を

引きちぎったのです。ソクラテスは

言いました。「なんという人たちだ。

人は静寂のうちに死ななければなら

ない、と聞いている。さあ、静かに

してくれたまえ。我慢するのだ」



私は喫驚しそれ以来今日までソクラ

テスのロゴスを学び、20世紀末に経

済破綻し、肝を抜かれたままの自己

を奮い立たせる努力をしてきました。

全資産を投資して設立したメンズ・

ファッションメーカー プラクティス

・オブ・サイレンスは、バブル経済

の荒波にのまれ、わずか5年で倒産し、

わたしは女優に復帰して家庭を支え

ました。けれどもその10年後におき

たデフレスパイラルを乗り切れずに

力尽きて破産したのです。

一家は離散を余儀なくされて息子と

わたしは親元に身を寄せることにな

り、その実家暮らしは今も続いてい

ます。

夢だったレディースの創設は叶える

ことはできませんでしたがそれ以来、

自分の服を一針一針、糸を操り縫い

続けてきました。

そして心の救済に求めたのが、哲学

でした。

正月返上で2週間、風呂にも入らず

寝る間も惜しんで貪ったこともあり

ましたが、大きな代償の引き換えに、

理性と知識に目を覚ますことができ

ました。

元来、思想というものに関心があり

ましたが、それは仏教色の強い家庭

に育ったからです。

幼少期をバレエに費やしたわたしは、

芸術的思想家で教育家のルドルフ・

シュタイナー(1861~1925)の無垢な

舞踊オイリュトミーに魅せられその

後、メタモルフォーゼという概念に

引き寄せられていきましたがそれは

内発的に親になる準備へ心身が変化

し始めた20代後半のことでした。


メタモルフォーゼ

人(動物)と植物はライフサイクルに

おいて殆ど同じであることに気付い

たのです。

一粒の小さな種。

その中には、生命の誕生から新生へ

の全過程が内包されています。

ということは、この概念を宇宙誕生

から再生までの形成に敷衍すること

もできるはずです。あらゆる生成は

宇宙創生と同じ原理を有しているの

ですから。

それは自分という個物の苦悩に惑い、

迷路を彷徨っているなかで投げかけ

られた思考でした。

わたしは人間で、他者と大差がある

ように思えても、それはさほどのこ

とではなく、人生の過程は、およそ

同じ年齢の時に、同じ事象に直面す

る同種族に属し、それはまた人でも

植物でも生命を持つ有機的な生命に

共通した過程であり根源的同一性の

元にあることに気づきました。

シュタイナーのメタモルフォーゼは、

詩人ゲーテ(1749~1832)が源にある

ことをわたしはその後に知りました。

メタモルフォーゼとはゲーテが創始

した形態学= Morphologieの中心概

念だったのです。

これは「有機的自然の形成(Bildung)

と変形」を説く学問で有機的生命を

把握する理論であり、類比的に人間

形成と自己実現のプロセスを理解す

るものです。


文豪ゲーテはヴァイマール大公国の

宰相を務める傍、自然科学者として

色彩論、形態学、生物学、地質学、

骨相学、気象学などの研究を遺して

います。

「花は葉のメタモルフォーゼ。根も

茎もすべてが葉である。」と記した

のが『植物変態論(Metamorphose

der Pflanzen)』でした。

生命の全過程が一粒の種の中に内蔵

され、子葉から果実へと、ひとつの

形態からほかの形態へ変形・変態し、

自然の頂点へと登っていくと主唱し

たのです。

これはひとつには当時リンネが分類

学を大成しましたが、これを批判し

ての提唱でした。

分類学では、植物観察に適用しよう

とするとき、根・茎・葉・花などの

器官の可変性に主な難点があると分

かったからです。

ゲーテには、新しい草花を見つけ、

分類し配列することは、並べ、当て

はめて全体の外観を作り出す一種の

モザイクで押し花のように思われた

のです。

けれども重要なことは自然は生きて

いるということで、生きた植物を、

生きたまま捉えなければいけないと

思ったのです。

生きて絶え間なく動いているものは

形態(ゲシュタルト)と呼ばれ、生み

出されたものや生み出されつつある

ものに対して、形成(ビルドウング)

という言葉を用います。それは理念

とか概念を、あるいは経験において

一瞬間だけ固定されたものを指して

います。ひとたび形成されたものも

たちどころに変形するのです。

だから多少とも自然の生きた直観に

到達しようとすれば、われわれ自身、

この自然の示す実例そのままに形成

を行えるような、動的でのびやかな

状態に身を置いていなければならな

いと、ゲーテは『形態学序説』で述

べています。

すべての生物は一なる存在ではなく、

多からなる存在です。

生物が不完全であればあるほど、そ

の各部分は互いに同一に、または類

似したものになり、また部分は全体

に等しくなる。一方、生物が完全に

なればなるほど、各部分は類似しな

くなるとも記しています。

動植物の動き、そして生命を捉えた

学、メタモルフォーゼを核にした学、

それをゲーテは形態学と名付けたの

です。

メタモルフォーゼのメタとは、古代

ギリシア語で「~の後に」「~を超

える」などの意味を持つ言葉です。

のちに「変化」といった意味も持つ

ようになりますが、それは「変化」

とはある事象が「以前の状態」から、

「後の状態に移行していくこと」な

ので派生しました。

「meta=変化」「morph=形・形態」

なので、metamorphose(メタモル

フォーゼ)とは、「変身・変態」を

意味します。

ゲーテは比較解剖学や骨学研究から

人を含め、動物の根源的な共通性を

定見し、その基となる「原型」を考

えていました。動物の場合、それは

脊椎骨であると考えたのです。

植物ではそれは葉で、それが植物の

原型すなわち原植物であると思索し

ました。

イタリア旅行を含め、さまざまな土

地での観察から、あらゆる動物、或

は植物は元来同一で環境、生育状態

の相違に応じて形態が変態していっ

たと考えたのです。

これは進化論の先駆けにあたります。

植物の場合は、葉が地下に伸びて根

となり、双葉から螺旋状に展開しな

がら葉を増やし、萼となり、花弁と

なり、雄蕊・雌蕊となり、実となり、

種(種の中の胚も含む)となるのです。

すなわち原植物は葉で、葉のメタモ

ルフォーゼであると考察したのです。

現今では進化論は否定されましたが、

そういえば、現在の植物につながる

ものとして、海藻があげられます。

まだ根、茎、葉に分化していない全

体が葉のような形をしたタウイアと

いう海藻(藻類)が、10億年近く前の

カンブリア紀以前から存在していた

ことが分かっています。

ここからも確実に、植物は葉のメタ

モルフォーゼという主張が正しいも

のであると見て取れると思われます。


それでは実際に形態の変化を起こす

のは、何によるのでしょうか。

生気論

ゲーテはカントの『判断力批判』で

ブルーメンバッハを知りました。

ブルーメンバッハは近代的な動物学、

人類学の創始者の一人です。

彼は動物の発生に関して、卵などの

内部に生まれてくる子の構造が既に

存在しているという古くから優勢な

「前成説」(preformation theory)に

反対し、鶏の卵の孵化の経過や流産

した人間の胎児の観察から、生物の

形態は徐々に形成されることを指摘

して、「後成説」(epigenesis)を唱え

ました。

そして生気論の立場に立って『形成

衝動』(Bildungstrieb)を提唱します。

形成衝動は形成本能とも訳されます。

生気論(vitalism)は、「生命に非生物

にはない特別な力を認める」仮説で、

活力論とも呼ばれます。

生気論では、生命現象には、物理学

や化学の法則だけでは説明できない

独特の原理があると考えます。

現代生物学では唯物論的・機械論的

立場を採用しているため認めません

が、古代ギリシアでは息を語源とし

転じて霊魂・心を意味するプシュケ

が、体を動かす元をなすと考えられ

ていました。

アリストテレスも植物・動物・人間

にプシュケの区別は基本的にないと

最終的には見做しています。

まだ花でないものとしての種子(可能

的なもの)は、発展することで、花

(現実的なもの)になると考えました。

このような時、前者を能力・可能態

・潜勢態であるデュナミス、後者を

エネルゲイアと呼びました。

生物論者としてのアリストテレスは、

プシュケは、肉体に宿るものだが、

肉体を離れて独立したものではない

なにものかである、と述べています。

ブルーメンバッハの場合、生物界に

ある生殖と再生の二つの現象、換言

すれば自己と同じものをつくる或は

自己保存を適える現象を、形成衝動

すなわち形成を惹き起こす衝動ない

し激しい活動と呼んだのです。

機械的な力ではなく擬人化して表現

することで、われわれに理解できる

ものにしたのです。

この途方もないものが人格化される

と、われわれには神、創造者、維持

者として現れてくるのであり、この

神を崇拝し敬愛し讃美するようあら

ゆる仕方で促されているのであると

ゲーテは述べました。

これは汎神論にほかなりませんが、

ゲーテは汎神論的一元論を主張した

スピノザから大きな影響を受けとっ

ていました。


ゲーテにとって変化し続ける「生命」

という目に見えない自然は、目に見

える自然を得てはじめてその実在を

示し得たのであり、目に見える自然

は、目に見えない自然である「生命」

や「精神」を得てはじめて、その実

在に意義を持ち得たのです。

それは崇高な神的な愛の活力そのもの

です。

長詩なので心の赴くときにお読み

戴ければ幸いとして、ゲーテの詩

「植物のメタモルフォーゼ」を

記します。私訳

植物のメタモルフォーゼ

この庭に咲き乱れる花々の群れは

愛しい人よ、あなたの心を乱し

聴きなれぬ花の名は

聞き慣れぬ響きで 

あなたの耳を惑わす

似かよいながら 

ひとつとして同じものはない

それら溢るる花は 

秘密の法則 聖なる謎を暗示し

愛らしい友よ 謎を解く言葉の鍵を

献げることができたら

どんなに喜ばしいことでしょう

植物が次々に育つのをごらんなさい

花や果実へ形づくられてゆくのを

ひめやかにはぐくむ大地の母が

種子に命を吹き込むと

こうべをもたげ 

萌える子葉の可憐なからだは

光の刺激にゆだねられ

種子のなかに眠っている素朴な力が

外皮を纏い 身を固く閉じ

葉も根も芽も まだ形は整わず

色もない 固く乾いた殻に包まれ 

穏やかな生を保っていた種は

水を含むと勢いよくのびはじめ

闇から身を起こす

生まれたての形は単純で

植物も赤子のよう やがて

形づくる衝動にうながされ

節から節へとのび

いつまでも初めの姿を保ちながら

身を変えてのびてゆく

葉は次々と様々な姿に生み出され

ひろげれば 刻み目をつけ

先端を尖らせる

こうして葉は完成を遂げた

多くの種にそれを見て 

あなたは目をみはる

厚く膨らんだ葉面に刻まれた葉脈

形をうながす衝動は 

自由気ままで 無限のようにみえる

けれど自然は 力強く形成を止め

穏やかに 

より完全なものへ導いてゆく

汁液を少なくし 管をせばめれば

形は繊細な作用をあらわす

葉の緑のひろがる衝動は遠のき

葉脈は完成してゆく

しなやかな茎が

葉をつけずに急速にのび

奇跡を眺める人の目を惹きつける

似たような小さな葉がまわりに並び

円い土台をつくり上げれば

軸の周りにぎっしりと

支える萼(うてな)があらわれる

鮮やかな花冠の至高の姿

自然は 完成した長身を誇るのだ

ほっそりとした足場の上

茎の先に咲く花が揺れると

あなたは またもや目をみはる

けれどこの華やぎは

新たな創造を告げ

色鮮やかな花は神の御手に導かれ

たちどころに収縮して

いとも繊細な形のものが

ふたつ勢いよくのび 

ひとつになる定めにある

雌雄となり婚礼のように

身もごりの時を待ちうける

睦まじい連れ合いとなるため

清められた祭壇の周りに並んでいる

婚姻の神があらわれ 

かぐわしい得も言われぬ香を漂わせ 

あたり一面に生気を注ぐと

たちまち無数の萌芽は膨らみ

身籠る果実の母胎へ

淑やかに包まれる

自然はここに永遠の力の環を閉じる

しかし新しい環が先の環につながり

鎖は果てしなく時を貫く

こうして個も全体も生に与る

愛しい人よ、色とりどりの群れに

まなざしをお向けなさい

もはやあなたの心は乱されはしない

どの植物も永遠の法則を告げている

どの花も一層大きな声で

あなたと ことばを交わし合う

女神の聖なる文字をとけば

筆跡は異なろうと

至るところに読み取れるだろう

蛹は這い 蝶はせわしく舞っても

人間は変貌しようとも

出会えた日から 友情が満ち溢れ

内部から愛情がおもむろに芽生え

愛の神(アモル)が花と果実を授けた

見てごらん ぼくらの胸のなかにも

自然は多様な形を広げている

今日という日を歓びたまえ

聖なる愛が 至高の実を恵む

ひとしい想い 調和した直観のなか

夫婦となり より高い世界を開かん


わたしはゲーテに自然の崇高さと神

秘を授かりながら読み進めるうち、

ゲーテのメタモルフォーゼにも源が

あるのを知りました。

それはギリシア・ローマ神話の宝庫、

オウィディウス『変身物語(メタモル

フォセス)』で、ゲーテの愛読書だっ

たのです。

そこでは神々も人間も動植物も自在

に変身を遂げるのでした。

こうしてわたしは古代世界に入り、

アリストテレスの『形而上学』(メタ

フィジックス)を手にしたのです。

形而上学という言葉はコンセプチュ

アルアートのデュシャンが頻繁に述

べた語彙で、その意味を知りたかっ

たからです。そう言えばデュシャン

もいつも「変貌」と言っていました。

メタモルフォーゼという言葉を用い

てはいませんが、昆虫の変態、動物

の成長、植物の生長、形態の変化と

いう意味の概念の表象起源を見出す

なら、それはアリストテレスへ行き

着くでしょう。

言わばわたしもこうした意識の重層

からアリストテレス『形而上学』に

辿り着いたのです。


そこからアリストテレスの師にあた

るプラトンに遡り、プラトンの書物

の中に生きているソクラテスと邂逅

しました。




今日のお話はここまでにしましょう。




正に今おきているこの不穏な変化を

逆手に取り、あなたは美しく変貌を

遂げてください。




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