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令和観照-白梅

最終更新: 2019年8月19日


御代替わり

The Imperial Succession


令和は、孝徳天皇即位のときより始


まる最初の元号、大化から数えて


248番目となります。



我が家は喪中で御祝いはできないの


ですが、譲位された上皇にはこれま


での長きに渡る歩みに深く頭を垂れ


新しく即位された天皇には心の中で


御慶びを申し上げたいと思います。




さてこの度の元号は、初めて日本の


古典からの典拠ということで話題に


なりました。それも日本神話や古代


の歴史書『古事記』『日本書紀』で


はなく同じ奈良時代に成立したとは


いえ和歌集からの出典ということで


国民の関心は非常に高まりました。




令和典拠の国書『万葉集』


『万葉集』を開く機会は、私の場合


お手紙を綴るときくらいです。


書き出しには季節の挨拶を記すのが


慣わしですが、それを和歌から選ん


でいます。


短歌は五七五七七という短いリズム


にのせた詠み人の素朴な心が込めら


れているので、それを口にしますと


その思いがこちらの気に移り、夢の


中で同じ体感をしているような余韻


の美しさが心に響いてきます。



この『万葉集』の素晴らしさには、


数えきれない美徳があると思います


けれども、ぜひ忘れずに覚えておい


て頂きたいことがひとつあります。


それは何かと申しますと万葉集には


さまざまな人の歌が載せられ皇族、


貴族、中・下級官人、防人、庶民、


農民、こつじきまで身分を問わず、


貧富を問わず、男女を問わず一同が


歌集の中でおもむく心を自由に歌っ


ています。


これほどまでに差別が無く平和的で


民主的で精神性の高い編纂物が嘗て


世界にあったでしょうか。


万葉集を尊ぶことの中にはこうした


いにしへ人の理想的意義が含まれて


いることを覚えておいてください。


そしてそうした万葉人を戴く日本人


であることを、改めて誇りに感じて


いただきたいと思います。


私のようなものがこのようなことを


申し上げお気に障ったなら、どうぞ


お許しください。




令和典拠の序文


令和の典拠の句


「于時、初春月、氣淑風



これは大伴旅人が、


天平二年正月十三日に催した有名な


梅の花の歌宴で詠まれた三十二首の


和歌の序文とした漢詩の句です。



6世紀の梁の昭明太子編纂の詩文集


『文選(もんぜん)』巻15「志」部の


張衡(ちょうこう)「帰田賦」にも、


令和の文字を見ることができます。


「於是仲春月時気清」



そして、晋の王羲之が蘭亭で催した


曲水の宴の序文『蘭亭序』や初唐詩


序の構成や語句にも学んだ点が多く


見られます。



その理由は、万葉集は8世紀末期の


奈良時代の終わりに成立しましたが


当時の日本は唐文化の影響を多分に


享受した時代だったからです。


これは優劣の問題ではありません。


世の事象は総てがミメーシスの上に


創り出されます。


またそうすることによって、文化の


奥儀は絶えずに、新たな乾坤を得て


古代から現在まで、そして未来へと


人心が蘇るように受け継がれて行く


のです。それが、霊性を賜るという


ことではないでしょうか。



そうして、一歩また一歩と、思いと


学びを深めながら新しい価値が生ま


れるのです。


文明は滅んでも文化は変貌しながら


生き続けます。



若冲『梅花皓月図』江戸中期 宮内庁三の丸尚蔵館


それでは万葉集 巻五 の出典の序文


「梅の花 三十二首の序文」を、


皆様とご一緒に味わってまいりたい


と思います。



その前にひとこと申し上げておくと


序の作者については、大伴旅人説・


山上憶良説・某官人説などがあるこ


とを踏まえておいてください。




万葉集 巻五「令和」典拠 序文


【原文】


梅花謌卅二首并序。

 

天平二年正月十三日、

萃于帥老之宅、申宴會也。

于時、初春月、氣淑風

梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。 

加以、曙嶺移雲、

松掛羅而傾盖、夕岫結霧、

鳥封穀而迷林。

庭舞新蝶、空歸故鴈。

於是盖天坐地、促膝飛觴、

忘言一室之裏、開衿煙霞之外、

淡然自放、快然自足。

若非翰苑、何以濾情。

詩紀落梅之篇。古今夫何異矣。

宜賦園梅聊成短詠。


『雪月花図』冷泉為恭 半双 江戸後期 出光美術館蔵

【現代語訳 私訳】



梅花歌 三十二首 併せ 序文。

 

天平二年 正月 十三日

帥老邸宅に集い宴を催した

時は初春の善き日

気はこころよく風はやわらいで

梅は鏡前の白粉で化粧し

蘭の馨しいおびもののように香る

しかのみならず曙の峰に雲が移り

松は薄絹を纏い衣笠を傾け

山の窪みに霧が立ち込め

鳥はその霧の中に閉じ込められて

林に迷う

庭に初春を告げる蝶が舞い

空には去年来た雁が帰って行く

天の屋根の下 土に座し

膝を交えて酒盃をめぐらそう

楽しさのため室の中に言葉を忘れる

外に煙る霞に襟をゆるめ

各人が淡々と自由に心を解き放てば

十分ではないか

ここに満ちてくる情感を詠まず

何をもってこの情趣を表せよう

古き宮体詩に落梅の篇がある

古と今とに隔たりがあるだろうか

宜しきに従い梅の園の落梅を

愉しみ短歌に詠もうではないか


『芦雁図』伊藤若冲 江戸中期 宮内庁三の丸尚蔵館

「梅花歌 序文」 ディテイル


白梅


「梅花歌 序」に記された内容は、


天平2年(730)1月13日の新春を祝う


歌会始の催しの趣旨、その思いを


漢詩にしたためたものです。


歌宴の題は「梅の花を詠む」という


もので、めでたい日を祝う喜びが伝


わってまいります。


清々しい年の始めに気の合う仲間が


集い、麗しい善き日を迎え楽しむ。


その趣向として集った各人がそれぞ


れに梅の花を愛でその賛美の歌を、


誰をも一目で虜にしてしまった異国


の芳しい花の貴婦人ともいえる梅花


に捧げ、喜びを皆で分かち合おうで


はないかと旅人は呼びかけました。



ここでは都を離れて愁いに沈む望郷


的沈思は振り払われて見えません。


序文の後には三十二首の和歌が続き


そのあとにそれ以外、故郷を思う二


首が記され、また追加して梅の歌に


和える四首が載せられています。



ここでは、主人(旅人)が詠んだ歌を


鑑賞するに留め、そのほかは別の


機会に譲ることにしましょう。



【万葉仮名】


和何則能尓 宇米能波奈知流 

比佐可多能 阿米欲里由吉能

那何列久流加母

          主人



我が園に 梅の花散る 久方の


天より雪の 流れくるかも

            

           主人


       

真白く神秘的で美しい白梅が


雪のように降っているのです。



旅人の理想とした中国詩文


「落梅の篇」「園梅の賦」は、落梅


の鑑賞とその花見であり春を迎えた


悦びのハレを請う歌詠みでした。


落梅は賞美で、女性に恋心を誘発さ


せるトリガーなのです。


手折って髪に飾る(挿頭し)、袂に入


れて香りを楽しむ、盃に浮かべてほ


ろ酔うなど、これらは新春の梅園で


興じた野遊びです。



さて、ここまで見てきた落梅とは対


照的な六朝時代以前の古楽府にも


「梅花落」があります。


それは、辺境に赴いた者の望郷の念


とその帰りを待ち侘びる婦人の哀れ


が込められた落梅です。



このように、いにしえ人が梅歌に託


した想いはさまざまでしたが、梅は


日本へは奈良時代に中国から渡来し


エリートたちがなぜそれほどまでに


熱狂したのか想像する以外にはない


のですが、もたらされた梅は雪より


白い神秘的な白梅でした。



「左近の桜、右近の橘」は定型とし


て膾炙していますが、その始まりは


桓武天皇で、内裏紫宸殿南庭の


「左近の梅」だったのです。


紅梅は白梅より1世紀以上経った9世


紀頃に伝来したと見られています。



雪のように美しい色彩的感覚、雪の


ように舞い落ちる視覚的効果、幽香


な嗅覚的作用のどれもが宮廷貴族の


風雅を刺激しました。



今では日本に深く根付き、厳しい冬


の時期に逸早く早春を告げる花とし


て広く親しまれています。


また見目麗しいだけではなく、清々


しい芳香からも魅了して、心に安ら


ぎを与えてくれます。我が家にも白


梅があったので、それがどれほどの


高雅か、思い出すだけで清らかな気


持ちが湧いてきます。



梅の初出し


『万葉集』は大伴家持(父・旅人)


の編纂により、延暦4年(785)の成立


と推測することができますが、梅が


登場した最初の日本の文献は、それ


より30年程前で飛鳥時代に成立した


葛野王(かどののおおきみ)『懐風藻』


「春日翫鶯梅」といわれています。



春日翫鶯梅


聊乘休假景 入苑望青陽

開素靨 

弄嬌聲 

對比開懷抱 

優足暢愁情 

不知老將至 

但事酌春觴


聊(いささか)休假の景に乘り

苑に入つて青陽を望む 

素梅素靨を開き

嬌鴬嬌声を弄ぶ。

此に対かひて懐抱を開けば

優に愁情を暢ぶるに足る。

老の将に至らむとすることを知らず

但春觴を酌むを事とするのみ。



「白梅はえくぼを開いて咲き綻び美


しい鶯は艶やかにさえずっている」


と、歌っています。


ここに定番の「梅に鶯」の組み合わ


せがすでに現れていますが、この発


想は陳の詩人・江総の「梅花落」を


下敷きにしています。


ほかの語句も含め、この漢詩全体が


初唐詩を忠実に模倣したものである


ことが指摘されていますが、一辺倒


な判断ではこの歌が教えた貴重な役


割を見誤るおそれがあります。



作者葛野王は弘文天皇(父天智天皇)


と十市皇女


(とおちのひめみこ 父天武天皇)の


長子でした。


また神武天皇から始まる歴代天皇の


漢風諡号を撰出した淡海三船は、


孫にあたります。


葛野王は、系図からも分かるように


当代きっての教養人だったのです。



中国詩をコラージュしたように配す


「春日翫鶯梅」は十分な知識の集積


が生んだことに、ここでは注意を払


うべきでしょう。宮廷文化の最先端


にある者にしか成し得ない、研鑽の


テクネーだったということです。



異境の梅に酔う


梅の記述は『古事記』『日本書紀』


『風土記』にも見当たりません。



『万葉集』においても前期には例が


なく、後期に集中していることから


白梅の伝来は7世紀末から8世紀初頭


と推測できます。



『万葉集』4536首のうち、もっとも


多く詠まれている花は萩で144首。


2位が梅で122首。3位が桜で42首。


菊は1首もありません。


桜は花の代名詞です。


記紀神話に登場する絶世の美女、


木花之佐久夜毘賣

(コノハナノサクヤヒメ)も


衣通姫(ソトオリヒメ)も桜に喩えら


れているように、日本人は桜に並並


ならぬ思いを今日に至るまで抱き続


けてきたはずです。


しかしこの頃は単に「花」といった


場合、梅を指しました。


異境の花に対する高貴な人の嗜好が


伺えます。


それは桜のような山の花ではなく、


あくまでも皇族の庭園を彩る都会の


花なのです。


在来ではなく土着的背景のない外来


のエキゾチックな花を通して、海を


越えた遠い他国に熱い想いを馳せ、


情熱をかき立て焦がれたのです。


異国情緒に惹かれる思いは、今も昔


も変わりませんが、律令宮廷文化を


担った彼らは唐風の文雅に酔いしれ


ました。


第四十五代・聖武天皇 在位724~749 文武天皇の第一皇子 母は藤原不比等の娘・宮子

そしてそこに開花したのが聖武天皇


の元号・天平(てんぴょう)をもって


称された、天平文化です。



唐からの文化流入に大宰府の果たし


た役割は特に大きなものでした。


シルクロードによってオリエントの


文化や仏教風文化も浸透します。


それは遣唐使を通じて流入されたの


です。


左:吉祥天女図 国宝


中:聖武天皇(31歳宸翰)

  中国六朝・隋・唐詩文書写鈔録

  正倉院北倉 天平三年九月八日

  

右:螺鈿紫檀5絃琵琶 正倉院北倉




規模の違いはありますが、これを近


代に置き換えて鑑みれば判り易いで


す。奈良時代から一千年以上の時を


経て陸路が海路に替わり、西アジア


が西欧諸国に替わって、その移入の


役割を果たした咸臨丸や長州ファイ


ブ(非公式)、そして岩倉使節団。



それは大航海時代を経た人類が辿る


必然だったのでしょうか。



大政奉還から王政復古し、一世一元


の制による最初の元号・明治から


151年が経過し、ここに令和の御代


は始まります。


類稀なる永き歴史の上に、和を善き


こととして尊び、いにしえの心を忘


れることなく、日本らしいあり方を


求めて各人がそれぞれに思索を深め


シンギュラリティが創り出す新しい


社会構造に対応しながらも、太陽と


月が交互に経めぐる循環、その太古


からの変わらぬ秩序に感謝して、


皆様と共に、令和の星霜を重ねてい


きたいと思います。



令和元年 五月 六日 真行寺君枝拝



左:東大寺大仏殿 国宝


中:毘盧舎那仏(Vairocana音訳)

  東大寺金堂(大仏殿) 国宝


右:千手観音像 唐招提寺金堂 国宝




下村観山『弱法師』大正四年(1915) 重要文化財

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