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  • KIMIÉ

ピラミッドの真実

最終更新: 2019年10月29日





秋分の翌日、母の子宮で個体化しそ の温床から生まれいで、時計の針は 幾度まわったのか、月と太陽は幾度

経巡ったのか。私は再び原子に戻る までのリミットを逆算し、還暦を迎 えました。

“時”というのは不可思議な現象です。 なぜなら光速では時間は存在しない のですから。 私たちは未来に向かっているのか、


未来が私たちの方にやって来るのか


考えると頭がこんがらがりますが、


最近は未来は既に存在していて水が


川上から川下に流れるように、こち


らへ向かって来るという仮説が声高


です。


私たちは三次元に時間を掛けた四次


元の世界に生きています。



私は有限で儚い存在ですが、確実に


今、生きています。




興味深いドキュメンタリー映画を観


ました。


La Revelation des Pyramides 邦題ピラミッド 5000年の嘘 備忘録として残したいと思うので、 文字起こしを基本に綴ります。

悠久の時を刻むクフ王の大ピラミッ ドには、 太陽が正確に真東から昇り 真西に沈む春分の日と秋分の日、即 ち分点に数秒間のみ生じる現象があ ります。


それは第二次世界大戦前のカイロ 上空からイギリス空軍が秋分の日 に撮った一枚の写真に写し出され ました。



奥側の大ピラミッドは4角錐では


なく、実は、8面体だったのです。



このクフ王の大ピラミッドは、平均


2.5トンもの巨石270万~280万個を


積み上げて建造されました。


高さは、現代に置き換えるとおよそ


42階建に相当します。


表面は元々は、平らな化粧石が張り


巡らされていたと考えられています。


敷石:周囲60㎢


底辺230.37m

勾配51度50分

高さ146.6(現在138.8)m



「大ピラミッドは、10万人の奴隷が


20年間働いて造ったクフという残忍


なファラオの墓である」とギリシア


のヘロドトスは『歴史』に記述しま


した。


ローマの大プリニウスは当時の一流


な著述家12名の間でピラミッド建設


の人物をめぐり食い違いの見られる


ことを指摘していましたが、現存す


る文献はヘロドトスの一冊のみだっ


たため、エジプト学はここに多くを


頼ってきました。


通説では大ピラミッド建設は、紀元


前25世紀とされているので、紀元前


5世紀のヘロドトスとの間では既に


2千年も経過した後の書物だったの


ですが。



20年で計算をしてみます。


一日12時間の作業時間として365日


20年間作業をし、石を200万個運ん


だと想定すると、2分30秒に1個の


ペースで平均2.5トンもの石を積む


ことになります。


1991年、実際に実験が行われた際に


は1個の石を1.5m引き上げるのに10


時間を要する大失敗に終わりました。



また従来(2.5トン)の外壁とは別途の


70トンの花崗岩を、王の間(玄室)に


130個、60m(高層ビル20階相当)の


高さに積み上げています。


一番上に位置する王の間は、完璧な


水平、垂直を保っています。


高度に発達した現代建築であっても


8mmの誤差が生じるのに、王の間は


1mm程度の誤差しかありません。


道具は荒縄、青銅、石の小槌くらい


なのです。


大ピラミッドには、大きな建造物に


対して小さな玄室が全部で3つあり


ますが、地下の玄室に直結する通路


は長さが90メートルで幅が90センチ


と小さいながらも驚異的な正確さで


石の間を貫通しています。




映画で語られたことではないのです


が、王の間の構造について以前から


不思議に思っていたことがあります。


古代出雲大社の神殿が非常に似てい


るのです。右下は、古代出雲歴史博


物館常設の古代出雲大社の復元模型


です。大ピラミッドの王の間とそこ


に到る大回廊の構造は、古代出雲大


社の神殿の大きさ、高さ、本殿へ続


く長い階段が同じ寸法なのです。




大ピラミッドは、過去3度の大地震に


も耐えました。13世紀カイロが壊滅


した大地震でも、内部を含めビクと


もしませんでしたが、方位に対する


正確さも脅威で、大ピラミッドは、


真北に向かって作られていますが、


方位の誤差は100分の5度未満です。


17世紀に建ったパリ天文台でもその


5倍も誤差が生じているのです。




更に石の加工技術は機械がなければ


あり得ない技です。


写真:アスワン採石場



「蓮をイメージした花器」

と題された石器 中心の穴は貫通

カイロ博物館蔵


ラムセス2世像の左右対称性。


写真をコピーして、一枚を反転させ


重ねるとピタリと一致。誤差0.2mm





エジプト以外の古代遺跡も見てみま


しょう。というのもエジプトと同じ


石積みが遥か離れた土地で幾つも見


つかっているのです。



イースター島(周囲60km チリ領)とい


う絶海の孤島は、チリから3,700km、


タヒチからも4,000km離れています。



火山岩で作られた巨像は遥か昔、ポ


リネシアから丸木舟で渡り定住した


人々が作ったと伝えられています。




地質学で石の年代を測定することは


できても、加工した年代までは解り


ません。


イースター島内で最も古いとされる


石垣は、モアイが置かれている台座


ですが、エジプト同様、剃刀の刃一


枚の入る余地なく積み上げられてい


ます。


採石場からの移送と台座に設置した


方法は解っていません。


海を背にしているモアイですが、7


体だけは海を見つめて立っています。


春分と秋分の太陽が沈む方に顔を向


けているのは、航海で駆使した天文


の知識が生かされた結果でしょう。



また、イースター島に伝わる文字も


解読されていません。


モヘンジョダロ遺跡に残る象形文字


に酷似していますが、問題は2万km


の隔たりです。



ポリネシア人が住み馴れた土地や家


族や友人を捨て、丸木舟で4,000km


の危険な航海に出た理由は何だった


のでしょう。


モアイ像に島の住民の面影は見出せ


ませんが、似た石垣はペルーにも存


在していました。



ペルー西南部で先インカ期の遺跡や


地上絵で有名なナスカ、その近郊に


あるカワチ遺跡でもピラミッドが発


見されています。まだ、40基近くが


埋もれたままです。


ペルー博物館に展示されている頭蓋


骨の形はエジプトのファラオ、アク


エンアテンに酷似しています。




巨石遺跡は古いほど巨大で精巧です。


建造物の耐震に対する安全が進んだ


のはダイナマイトが発明されてから


なのですが、巨石遺跡は大地震にも


ビクともしない耐震技術を備えてい


ます。


同じサイズの石を積む方が簡単なの


に、わざわざ不規則なサイズにした


理由は、規格の同じ石を整然と積む


よりも不規則な石を複雑に噛み合わ


せて積んだ方が耐震性が高まるため


です。




ペルーのクスコはアンデス山脈中の


標高3,400mにあり人口は約30万人。


クスコとはケチュア語でへその意味。


インカ帝国(正式名称タワンティン・


スウユTawantinsuyu)の首都で文化の


の中心でした。



クスコとサクサイワマンとケンコー


遺跡を結ぶと正三角形になります。


これは何らかの測量の尺度が存在し


ていたことを示す証拠です。



標高2,340mのマチュ・ピチュは高度


な技術を継承する秘密の場所だった


ようですが、インカ帝国は1533年に


スペイン人による征服により滅亡し


ました。



アンデス文明は文字を持たないため


マチュ・ピチュの遺跡が何のために


作られたのか、首都クスコとの関係


・役割分担などの理由は、まだ明確


には分かっていません。


それでも石積みが左右対象になって


いたり、角度がギザと完璧に一致し


ている場所まであることに驚きます。




メキシコの宗教都市遺跡テオティワ


カン遺跡も見てみましょう。


テオティワカンは紀元前2世紀から


後6世紀まで繁栄し当時のアメリカ


大陸最大規模を誇ったメソアメリカ


の中心都市でした。



アステカ創世神話では、世界はこれ


まで4度、神の手で作られては滅び


ました。第4の太陽が洪水で失われ


た後、光の神で羽根のある蛇ケツァ


ルコアトルと闇の神で煙を吐く神テ


スカトリポカという相反する性格の


2神が力を合わせて大地を造ると、


次にケツァルコアトルと犬神ショロ


トルとで地底世界へ行き、第4の世界


の洪水で死んだ人々の骨を取り戻し


トウモロコシのように砕いて粉々に


すると、神々の血を混ぜて人間を作


りました。


人間の創造を終えると、神々は暗闇


の中をテオティワカンに集まって、


第5の太陽を創り出したので現在の


太陽は、5番目とされているのです。




テオティワカンは主なピラミッドが


3基あり左から太陽、月、ケツァルコ


アトルの神殿です。




太陽のピラミッドは墓ではなく建設


期間も150年とされています。


太陽の分点を表すように建てられて


いるのです。



分点:

天球上で天の赤道と黄道とが交わる

点、及び太陽がこの点を通過する瞬

間のこと。分点は2つあり、春と秋

にそれぞれ通過。



中国西安の陜西省には土のピラミッ


ドが何百も存在しています。




ピラミッドは初めは階段式でした。


クフの父スネフェル王もはじめ階段


ピラミッドを手掛け、後にナイル西


岸ダハシュールに屈折ピラミッドと


初の直線ラインのピラミッドとなる


赤ピラミッドを作りました。



赤ピラミッドの頂上を飾っていたと


されているのが、キャップストーン


です。


底辺1.57m。高さ1m (2キュビット)



ピラミッドはキュビットという古代


より西洋の各地で使われてきた長さ


の単位を用いて作られたといわれて


きました。


BC6千年メソポタミア発明

キュビットは、ラテン語で「肘」の


意味で、肘から中指の先までの間の


長さに由来する身体尺です。



大ピラミッドをキュビットで表わすと


底辺440キュビット 高さ280キュビット


となります。


メートル法の制定は、1795年・・・




1895年英国のジョン・テイラーは


ピラミッド底辺の2辺の和を高さで


割ると円周率になることを発見し


ました。



2辺を正面にしてみると、目に見え


る部分の面積も高さも最大限になり


ます。


高さを2で割ると、王の間の頂点。


高さを3で割ると、その天井。


高さを4で割ると、真ん中の王妃の

間の頂点。


高さを5で割ると、地下の底面。


高さを7で割ると、王妃の間の底面。




そして

4面の和を底面の広さで割ると、宇

宙における普遍の数、即ち黄金数が

導かれます。



そして

大ピラミッド底辺の2倍を地下から

の高さで割ると、黄金数の2乗。Φ²。

地上の高さで割ると、円周率。




これらの計算はこじつけでしょうか。



ピラミッドの場合は、4辺の和と等


しい長さの円周を描き、その半径の


長さを頂点にしているのです。



2辺の和を高さで割ると、円周率。


4面の総面積を底面積で割ると、

黄金数。


3角形の2等分線を底辺の長さで割

ると、黄金数。


高さを底辺の2分の1で割ると、黄

金数の平方根。



こうした計算は秘密だったのではな


く解り難いだけ。幾何学は理に適っ


た数学的言語なのです。



ギリシアのパルテノン神殿は黄金数


に基づいて建てられています。


キリスト教の大聖堂にも黄金数は見


て取れますが、250年間で200も建設


されたのに、工事の記録は一切残っ


ていません。



フランスのストラスブール大聖堂な


ど、春分・秋分の日の太陽が登る正


確な位置が折り込まれている場合も


あります。


ストラスブール大聖堂のデザインは


大ピラミッドと同じ比率の三角形が


ぴたりと重なります。



しかし大聖堂が建てられた当時、大


ピラミッドは半分が砂に埋もれてい


ました。


中世の建築家たちは一体どうやって


この黄金比を知り得たのでしょう。



ピラミッドに関わる幾何学や数学的


知識は、エジプトに攻め込んだ十字


軍が持ち帰り建築に応用したのです。


4千年の時を超え密かにピラミッド


から大聖堂に知識が受け継がれてい


たというのでしょうか。



メートル値を使って、2つの底辺の和

から高さを引いた値は、314,16。

円周率の100倍。


同じくメートル値で、底辺の2分の1

と高さの和を出すと、黄金数の2乗の

100倍。


僅か50cmでも大きさが異なっていれ

ばこのような数式は成り立ちません。



王の間の底辺の総和をメートルで表

すと、円周率の10倍。


そこから短辺の一つを引くと黄金数

の10倍。


5センチ寸法が違っていたら成立し

ません。


古代エジプト人は地球の円周から長


さを割り出していました。



メートル法が制定されたのは18世紀


末、カレーランの提案でした。



キャップストーンの高さは、1m。


底辺(157cm)2辺を足すと、3,14m。


円周率の値に一致します。



キャップストーンは大ピラミッドの


縮尺模型ではなかったのか・・・?



単位に関係なく直径を1とした場合


仮に1mとするならば、6等分する


ことで1キュビットになるのです。


直径1の円を描いた場合、

円周の長さは、3,1416

これを6等分した値は、

0.5236m(1キュビット)


その5倍の数は、

2.618=黄金数の2乗

 


ピラミッドの設計書がメートル法を


知っていたことはもはや疑いようが


ありません。





さて不思議なことに交流がありえな


い古代遺跡は、赤道から30度の角度で


一直線(100km幅)上に並びます。



ペルーのパラカス、ナスカ、マチュ


・ピチュ、オリャンタイタンボ、ク


スコ、サクサイワマン 、パラトアリ


のピラミッド。


アフリカ大陸ではマリのドゴン、ア


ルジェリアのタッシーナジェール、


エジプトのシワ・オワシス(アメン神


殿)、ギザのピラミッド。


西アジアではヨルダンのぺトラ遺跡、


イラクのウル(アブラハムの聖地)、


イランのペルセポリス。


南アジアではパキスタンのモヘンジョ


ダロ(イースター島と酷似した文字。


遺骨から放射能が検出)、インドのカ


ジュラホ。


東南アジアではミャンマーのピー、


タイのスコータイ、カンボジアのプ


レアヴィヒアとアンコールワット。



最後に行き着くのがイースター島。



時間も空間も遠くかけ離れた遺跡は


どうして赤道から30度傾いた円周上


に並び得たのでしょうか。



仮にこの円周を赤道と見做し北極星


の位置を定め、ギザとナスカを結ぶ


三角形は、大ピラミッドの黄金比と


一致します。



北極星:

天の北極に最も近い輝星を意味する。

21世紀時点の地球の北極星はこぐま

座α星のポラリス(恒星)。



等距離の位置関係

ナスカ・ギザ間と

テオティワカン・ギザ間。

アンコールワット・ナスカ間と

モヘンジョダロ・イースター島間。



イースター島からギザまでの距離は

黄金数の1万倍。



アンコールワット〜ギザ

までの距離に黄金数をかけると、

ギザ〜ナスカ

までの距離。



ギザ〜ナスカ

までの距離に黄金数をかけると、

ナスカ〜アンコールワット

までの距離。



この円周に世界中の遺跡が網羅され


ている訳ではありませんが、主だっ


たものが揃っていることは確かです。


20世紀初頭、天文学者モルーは、大


ピラミッドを通る子午線が地球の全


陸地面積の2等分をしていることに


注目しました。




そして・・・


大ピラミッドの外接円と内接円を描


きその円周の差をメートルで表すと


光の伝播速度に近しい値が導かれる


のです。



光の秒速    : 299.792458

外円と内円の差 : 299.79613



数々の数式は単なる偶然でしょうか。


ピラミッドは失われた古代文明から


現代へのメッセージだとは考えられ


ないでしょうか。



地球上では、巨大隕石の衝突や大陸


移動火山の噴火といった大規模な天


災が起こり得ます。


こうした天災によって高度な文明が


滅んだ可能性は否定できません。


もし何らかの理由で現代文明が消滅


してしまったとしたら、数千年後も


陸上に残っているものは、殆ど何も


ないでしょう。


残っているのはピラミッドのような


巨大な建造物だけです。



建造者たちは光の速度まで熟知して


いたと考えられます。



そして太陽の分点に合図を送るよう


にピラミッドを設計したのは地球の


周期に目を向けさせるためだったの


ではないでしょうか。



星は72年に1度ずつ移動し、1周する


には26000年かかります。


これは地球の歳差運動の周期を表し


ます。



宇宙における地球の正確な位置を把


握するために利用しているのが黄道


12星座です。



キャップストーンは、底辺の総和が


12キュービットですが、2辺の和=


3.14mから導かれる円に、12星座が


割り当てられる計算です。



スフィンクスが見つめる星座も時と


共に移り変わります。


各星座の中で最も明るく輝く星は、


天の四大守護者と呼ばれていました。



・牡牛座のアルテバラン

・獅子座のレグルス

・蠍座のアンタレス

・水瓶座のフォーマルハウト(現:南の

 魚座に含まれる)



この4つの星は位置関係が一定して


いるため、時間の推移を見る基準点


として利用されています。



古代世界では

蠍座→鷲

水瓶座→天使

 に見立てていました。



牡牛と蠍座を結ぶ軸は牡牛と鷲の軸


として知られ、羽根のある牡牛の姿


で表されました。


獅子座と水瓶座の軸は獅子と天使の


軸で、これがスフィンクス です。



スフィンクスは長い間、砂漠の砂に


埋もれていて、全貌が明らかになっ


たのは100年前にも満たない近年に


なってからです。


大きさは高さ20m、長さは73m。


現在、スフィンクスはピラミッドが


作られるより以前から既にそこに存


在していたとする説が有力になって


います。


スフィンクスは、シェプスアンクが


訛ってスフィンクスになりました。


「シェプス」は姿、「アンク」は復活


や再生の神という意味で、スフィン


クスは太陽神を表わしています。


ピラミッドや神殿がその後に作られ


それらの守護神となっていきました。



大ピラミッドの側面を5倍に拡大する


と手前のピラミッドの頂点。


もう一点はスフィンクスの頭を貫通


します。


底面の正方形を隣に並べ、右端の辺


を垂直に下ろすと、これもスフィン


クスの頭にぶつかります。


二つのピラミッドの頂点から線を延


ばし交わる点の中心に円を描いても


スフィンクスの頭を通過するのです。



ギザはまさに天文時計そのものです。


四つの星は文字盤。


スフィンクスの視線を針に、およそ


26000年で一周しながら、地球の位


置を正確に指し示しているのです。


それでもスタート地点がなければ、


円周のどこにいるのか解りません。


歳差運動

その目印は獅子の心臓と呼ばれる


スフィンクスの胸にある突起です。


獅子座のレグルスもアラビア語で、


獅子の心臓アルカルブアルアサドと


名付けられています。


スフィンクス が真っ直ぐにレグルス


を見つめるとき、つまり獅子座と水


瓶座の軸が直線に一致したときが、


歳差運動のスタート地点なのです。


ギザの遺跡は、26000年周期で1回転


する地球の巨大な時計なのです。


太陽の分点を示すピラミッド


正確な方位


ギザの遺跡の幾何学的配置には驚き


の真実がまだあるはずです。



地球の軌道要素と寒冷期・温暖期は


同調します。


軌道要素に含まれる歳差運動は気候


へ影響を及ぼすものですが、その現


れ方は解っていません。



古い神話や伝説にはしばしば似たよ


うな現象が登場します。


洪水と並んで多いのが大火事のテー


マです。キリスト教、ヒンドゥー教


の聖典にも言及があります。


ギリシアにも大洪水に触れた書物は


多く、およそ1万年から1万2千年に


一度起こると予測するものもあり、


アリストテレスは天と地の大変動に


よって地球の生命が同調的に消滅す


ると述べています。



マヤ文明では現在を水に続く5番目


の太陽の時代と見做しています。


雨と洪水が人間もろとも世界を破壊


してしまうというのは聖書の記述と


よく似ています。


第5の太陽の時代が終わるとき、神


が恐ろしい地震を引き起こすとされ


ています。


この破壊と創造は人間の行いとは関


係なく、神が繰り返さねばならない


ものなのです。



これらの神話に語られた内容が科学


的に明らかになりつつあります。


例えば、津波は自然界のダムが一気


に決壊して、膨大な量の水が押し寄


せてくる現象です。


おそらく多くの人がその光景を目の


当たりにし、語り伝えるうちにあの


大洪水の物語が出来上がったと考え


られます。



最後の気候変動は、ギリシア人が予


測していた通り1万年から1万2千年


前に起こっていました。


世界の気候が激変したのです。


19世紀に発見されたマンモスの屍骸


には、まだ胃に内容物が残っていた


ものもありました。


マンモスをはじめ多くの種が絶滅し


姿を消した理由はまだ不明です。



多くの種は絶滅し、森は砂漠となり


ました。


古文書には、地殻変動の凄まじさが


記されているのみで、それ以上の手


がかりは見出せません。




北極点 (NORTHERN POLE)


磁北極 (MAGNETIC CENTER)



磁極は、定まっている点ではありま


せん。


年に40km近く移動しています。


近年その速度は加速しています。



地磁気

磁極は過去に、相当数逆転している


のです。


この現象が起きる原因は不明ですが


太陽も磁極が逆転するので、関連を


指摘する科学者もいます。


磁極の逆転によって地磁気の失われ


る可能性があります。或は、地殻が


大きく動くかもしれません。


大気と共に宇宙からの放射線を遮る


役目を果たしている地磁気が無くな


れば、地球は危険に曝されてしまう


でしょう。神話や古文書に記された


灼熱の地獄です。


古代の警告と現代科学の仮説が不気


味な一致を見せています。


古代の人がこの現象を理解していた


とすれば、予言者たちの言葉は現実


の知識に基づいた予測とみなされる


ようになるでしょう。


古代世界で学問は神官の仕事でした。


彼らは知識の番人として遥か未来に


メッセージを送る任務を負っていた


のでしょうか。


これら不可解な建造物は周期的な地


球の大変動で壊滅し、今やその記憶


さえ残っていない古代文明からの警


告なのかもしれません。



現在の異常気象は古代から警告され


てきた大変動の予兆に過ぎません。


地球の動きを注意深く見守っていか


なければなりません。


危険を回避する何らかの方法がある


からこそ、古代の人々はこれほど大


掛かりな警戒のメッセージを残して


くれたに違いないのですから。



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