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重陽の節句

最終更新: 2019年1月4日




寿ぎの菊

むつまじみ なほ袖ふれん紫に

うつろふ菊は 秋のゆかりを

          木下長嘯子

歌に見る移ろう菊とは残菊のことで


晩秋の頃、白菊が花弁の端から紫が


かってきたものをいいます。

これは霜が降り、花弁が損傷して起


こるもので霜焼けなのですが、平安


貴族は紫を愛着し、白菊よりも美し


いといわれていました。盛りを過ぎ


た白菊のほのかに紫がかった風情を


優美なものとして愛でたのです。

移ろう花とは、しおれ貧弱になった


花の意味ですが、菊に関しては別格


に扱われました。

秋をおきて ときこそありけれ

菊の花 うつろふからに

色のまされば


      平貞文「古今和歌集」

秋を過ぎてこそ菊は盛り。

しおれていく程に

色の美しさが勝るのだから。

と作者は歌っています。

冒頭に紹介した長嘯子(ちょうしょう


し)は、北の政所の兄・家定の長子で


自由清新な革新的な歌風が、後世の


松尾芭蕉にも影響を及ぼしました。


菊の香や 奈良には古き仏たち 

松尾芭蕉



芭蕉は伊賀を旅立ち、九月九日の菊


の節句を奈良で迎え、翌日、大坂に


入りその夜、急に発病して一月後、


黄泉へと旅立つことになります。


九月九日 重陽の節句

九月九日は、菊の節句とも称される

重陽(ちょうよう)の節句です。

重陽の意味は、陰陽思想で奇数は陽


の数ですが、陽数の極の九が重なる


日なので、このように呼ばれます。

旧暦では、菊が咲く頃です。菊の別


称はキク科キク属の草の総称となる


齢草(よわいぐさ)と言います。歳を


重ねて延べる草と言う意味です。

そこで長寿を願って菊を飾り、その

花びらを浮かべた酒で祝うのです。

また前夜に菊に綿を置き、露を染み


込ませ体の邪気を清める風習もあっ


たようです。



李白で味わう重陽節

李白の「九月十日即時」にも見られ


ますが中国の重陽の節句は二、三日


に渡る祝いで、あくる日は小重陽と


いいました。

盛唐の詩人・李白は、詩聖・杜甫に


対し、変幻自在な作風で詩仙と称せ


られました。

唐文化の爛熟期に生まれ、不遇なう


ちにも酒と女を愛して飄逸豪放に生


き、その詩は天衣無縫の神品と讃え


られています。

一説によれば酒に酔って水中の月を


捕らえようとして溺死したともいわ


れています。

李白に、重陽の節句を詠んだ詩歌が


残されているので綴ってみたいと思


います。


九日龍山飲  

九日 龍山に飲む

黄花 逐臣を笑う

酔いては看る 風の帽を落とす

舞いては愛す 月の人を留むるを

           

解釈

九月九日 龍山に登って酒を飲めば

菊酒が 放逐された臣(李白)を笑っ


ている。酔って眺めるのは、風が頭


巾を吹き落すさま。舞って愉快なの


は月が私を引き止めることだ。

讒言により放逐された李白。

「風の帽を落とすを」というのは、

東晋の孟嘉(もうか)の故事です。

同じ江陵の龍山で催された重陽節の


野宴で孟嘉の冠が風に飛ばされてし


まいました。酔って気づかなかった


孟嘉は皆に笑われますが即座に見事


な受け答えをして、同席者を感心さ


せました。当時は人前で帽子をとっ


て直接頭を見せることは非礼とされ


ていたのです。李白は、自分も同じ


ようなものだけれども、舞を舞えば


月はまだ自分を引きとめる。虚勢に


過ぎぬと言われようが意に介さない


快活な独自の姿を詩に託して詠んだ


のです。

李白の唯一現存する真筆




日本の意匠・菊花

菊は、奈良時代末か平安時代初めに

中国から伝わったとされています。

中国では、晩秋の野に凛と立つ姿と


清々しい芳香から、四君子の一つと


されています。四君子とは、東洋画


の画題で蘭・竹・梅・菊のこと。

菊には、不正を寄せつけぬ高潔さと


不遇の際も変わらぬ友情長寿をもた


らす仙人の霊薬といったイメージが


あるようです。


これに対して日本的情趣は、菊には


うつろい花の異名があるように、桜

同様の儚さを重ね合わせます。


こうした情感を古えより培ってきた


日本的感性は後、文学上の美的理念


もののあわれに結実します。



菊花紋は、さらに降った鎌倉時代の


後鳥羽上皇が天皇・皇族の紋章とし


て正式に取り入れました。


日本人の旅券の表紙も菊花紋です。


世界の菊花紋

菊花紋は、同じような文様が


世界各地に見られます。

古くから、日ユ同祖論や日本人シュ


メール起源説など国内外の研究者は


考察を重ねてきました。日本の起源


を知りたいと思うのは、日本人とし


て自然な気持ちの発露です。


一説によればユダヤの失われた10氏


族(諸説あり)が古代に日本列島に移動


したと言われています。日本文化に


はユダヤ文化が融合していますが、


渡来系氏族・秦氏の役割は大きかっ


たようです。


また中国大陸から朝鮮半島、日本列


島の海上において活動をしていた民


族集団の一部が日本列島に定着し、


弥生人となったと考えられている倭


人や、古代に薩摩や大隅に移住した


隼人族。更に天孫族に国譲りを行っ


た土着(ツングース説あり)氏族とさ


れる出雲族など、日本人は多民族で


形成されていますが、菊花紋に関し


てはメソポタミアのシュメール王朝


時代の王家の紋章でした。


秋晴れの重陽に寄す

これからの宇宙時代を切り開く方法


として、超古代の歴史解明は有意義


です。菊花紋のデザインの放射状の


花弁の原型は陽の光で、太陽の象徴


と考えられます。


太陽の光は、プラズマです。宇宙の


物質の99.9%以上はプラズマです。

太陽は、重力で閉じ込められた水素


プラズマで中心部では核融合反応を


起こしています。

血液の55%を占める血漿もプラズマ


といいますが、プラズマの語源は、


ギリシア語で神によって形作られた


もの、という意味です。

プラズマは固体・液体・気体に続く

物質の第4の状態を表します。

水を例にすると、


固体(氷)

氷点下では水は氷という固体になる

液体(水)

常温では水は液体になる

気体(水蒸気)

摂氏100度では水は水蒸気になる

電離気体(プラズマ )

数千度~1万度以上では水は

電離気体になる

自然界のプラズマ例

世界を支配する方法の一つはエネル


ギーです。科学の歴史が利権に絡ま


ず進んでいたなら、原発や石油を使


う必要はないかもしれません。

ニコラ・テスラは100年以上前に、

フリーエネルギー技術の大規模な実


験を成功させていました。

中国の易経で宇宙の万物に働く相反


する性格を表した陰陽。その陽は、


天を表します。その陽の極まった数


即ち、九。それを重ねた九月九日、


重陽。重陽の節句に古代から未来へ


演繹するのは、いにしえを現代に活


かす思索と言えないでしょうか。

文・構成・動画作成 真行寺君枝

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