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  • KIMIÉ

赤い足音

最終更新: 1日前



にわかには信じ難い話です。

民主主義や資本主義の象徴とも言わ

れてきたアメリカで、新たな現象が

起きているようです。 若者を対象にした世論調査では「社 会主義に好意的」と答えた人は51% で、資本主義の45%を上回ったとい うのです。 (NHK WEB NEWS2019年10月記事) 資本主義に見切りをつけ、社会主義 に希望を見出そうとする欲動が世界 中で起こっています。 特に米国と英国の若者の間でこの現 象は顕著です。 この潮流がどこから生まれているか というと若者層は資本主義の恩恵を 受けていない世代なのです。 富を持たない層99%、持つ層1%の 経済格差が世界中で広がっているか らです。 1年後に迫ったアメリカ大統領選挙 でも、社会主義を支持する若者の動 向が鍵を握ると見られています。 打倒トランプを目指す民主党の候補 者争いにもその勢いが数字で表れて います。 ジョー・バイデン前副大統領 (中道派) エリザベス・ウォーレン上院議員 (左派・社会民主主義) バニー・サンダース上院議員 (左派・民主社会主義) この3人が支持率で優位に立ってい ます。 一方のトランプ大統領は9月の国連 総会での演説で、「アメリカが直面 している最も深刻な課題は社会主義 だ。社会主義は国家や社会の破壊者 だ。アメリカは絶対に社会主義の国 家にはならない」と述べました。 しかしトランプはバニー・サンダー スから「最悪の社会主義者」と断言 されています。 なぜかと言えばソーシャルメディア の取り締まり強化を正式に宣言した

からです。 「私は、司法省と州・連邦政府機関 との連携に働きかけ、ソーシャル・ メディア企業と組み事件が起きる前 に犯人を検出するツールを開発する。 我々は精神衛生法の改革を行い、犯 罪を犯す可能性がある精神的に病む 人物を特定しなければならない。そ して彼らが治療を受けるだけでなく、 必要に応じて予防拘禁することも考 えなければならない」 実際にはトランプは共産主義の前段 階としての社会主義へと移行させよ うとしているように映ります。 それはあたかも、資本主義を理想で ある共産主義に変えていくために解 体してまずは社会主義を構築し、そ こから共産主義に移行していくとい う一連の思想すなわちマルキシズム が実動しているかのように映ります。 トランプだけではなく、中央銀行を 持つ国家では、政治のトップは国際 銀行家によって決められているので すから、共産主義の世界統一政府に よる完全支配へ向かわせる計画に則 り働くのが定めです。 また、ドル崩壊が近づいているとい われるニュースに私たちはあまり関

心を払いませんが、同盟国の日本だ

から報道が逆に鈍いのか、意識に疎

いからなのかは分かりませんが、こ

れは気遣っておくに越したことのな

い重要な情報だと思います。 さて先ほどトランプが国連で演説した と記しましたが「国連」は国際連合の 略です。 先日知って驚いたのですが、英語では ユナイテッド ネイション (United Nations)なので第二次世界大 戦の連合国という意味だったのです。 国際連合広報センターホームページ の基本情報から抜粋すると、 「名称は、第二次世界大戦中にアメ リカのフランクリン・ルーズベルト 大統領が考え出したものであった。 その言葉が最初に使われたのは、26 カ国政府の代表が枢軸国に対して共 に戦うと誓った1942年1月1日の 「連合国宣言 (Declaration by United Nations)」 の中であった。」 と記されています。 日本語訳が適切でなかったのは明白 ですが、1944年12月に「国際連合」 と翻訳したのは外務省でした。

アメリカでの社会主義を標榜する動

きは、実は今に始まったことではあ

りませんでした。 ユナイテッドネイションの名称を考 案したルーズベルトも社会主義者・ 共産主義者に取り巻かれていました。

その数は200人以上で、証拠を決定

づけたのがヴェノナ文書です。

ヴェノナ文書とは、第二次世界大戦 前後の時期、アメリカ内に侵入して いたソ連のスパイたちが、モスクワ の諜報本部とやり取りした秘密通信 を、アメリカ陸軍情報部が秘密裡に 傍受し解読した記録のことです。 1995年にアメリカ国家安全保障局(N SA)が公開しました。


それは私たちがこれまで教わってき

た歴史認識を一新させる驚愕の内容

でした。

ルーズベルトの側近の共産主義者を

挙げると、第二次世界大戦の被害を

受けた欧州の復興援助計画(マーシャ

ル・プラン)の提唱者ジョージ・マー

シャル国務長官は中国共産党樹立を

支援していました。 国連設立にも関わった国務長官上級

補佐官でカーネギー国際平和財団理

事長だったアルジャー・ヒス。

ハル・ノートの原案を作成した財務

省通貨調査局長ハリー・デクスター

・ホワイトも、コミンテルンだった

ことが判明しています。

ルーズベルトは日本に戦争を仕掛けた 人物でもあります。 1941年8月の大西洋会談で、ルーズベ ルトはチャーチルに「決して宣戦布 告をするわけにはいかないが、戦争 を開始することはできる」と伝えて います。

そしてABCD包囲網が完了した後、

在米日本資産凍結で日本は実質的

に破産に追い込まれました。そし

てハルノートを日本政府は最終通

達と見做して太平洋戦争の火蓋が

切って落とされたのです。


けれども、日本側にも無益な戦争を

望む勢力がなかったとはいえません。

それは後ほど綴ります。



世界共産化は血も凍る実に恐ろしい

思想です。

全世界の資本主義国家を転覆、崩壊

させ、共産党一党独裁政権の樹立を

目指すものです。

そしてその方法をレーニンは「敗戦

革命論」で唱えたのです。

敗戦革命論とは、資本主義国家間の

矛盾対立を煽り、複数の資本主義国

家が戦争をするよう仕向け、そして

その戦争において自国を敗戦に追い

込み、その混乱に乗じて、共産党が

権力を掌握するという革命戦略です。

米国の社会主義の密かな根付けは、 世界大戦で始まったのではなく、

1776年の独立宣言のとき既に意図 されていました。 アメリカ独立戦争は1775年に勃発し ましたが、支持する勢力は当初は必 ずしも多数派ではなかったのです。 アメリカ植民地人はレキシントン・ コンコードの戦いでイギリス政府軍 に勝利しました。 けれども、依然として自治の拡大を 唱えるに留まり、殆どの人は和解を 信じていました。 その最大の理由は、イギリス国王と 民主主義の母国に対する敬意の念に 加え独立した場合、経済的に自立で きないのではないかという恐れを抱 いていたのです。 しかし翌年、『コモン・センス』が フィラデルフィアで刊行されます。 フィラデルフィアはワシントンDCに 移る以前の1790-1800年の首都で、 アメリカ建国の舞台となった街です。 このパンフレットは学者に向けた内 容ではなく、扇動者として大衆に宛 てて平易きな言葉で書かれた初めて の小冊子でした。 独立に踏み切ることを躊躇する世論 に、いまや本国から分離し独立を宣 言することは常識(コモン・センス)と なったと植民地人を鼓舞したのです。 万人の自由と平等を主張する自然権 思想(ジョン・ロック)の立場から、 イギリスの政治制度は世界的に賞賛 されているけれども、その実態は世 襲の君主を戴き、非民選の貴族院( 上院)が存在し、また庶民院(下院)も 一部の有産者からのみ選出されてい ると指摘して、イギリス民主主義の 神話を打ち砕いたのです。 共和主義を唱えるペインが敵対した のは王政であり身分社会でした。 主として独立の利益と必然性を論じ ましたが、時の王ジョージ3世への 怒りを露わに「冷然と人民の虐殺を 聞くことができ、自分の魂の上に人 民の血を塗って平然と眠れる卑劣漢」 とも記しています。 また当時の植民地経済を分析して、 独立後も十分に自立できることを示 しました。 そして独立によってこそ真に自由な 国家をつくることができると主張し 新しい希望を著して植民地の人々を 勇気づけたのです。 『コモン・センス』は匿名で出版さ れました。3か月間に12万部、最終 的には50万部も売れたといわれてい ます。植民地の人口は当時、約300

万人だったので、このパンフレット の影響力の大きさが窺い知れます。 ペインが『コモン・センス』で成し た仕事をトーマス・ジェファソンが 「独立宣言」で仕上げました。 コルセット職人出身のペインが、理 想の世界政府を目指した革命運動家 だったことは殆ど知られていません。 彼はローゼンクロイツ(薔薇十字団) の主要メンバーでもありました。 合衆国建国の父の一人ベンジャミン・ フランクリンとジョージ・クライマー も薔薇十字団でした。 社会主義体制の下では競争原理が機 能しないので経済は活力を失います。 富裕層から絞り取れるだけ取った後 の政府の国庫は空の状態に到るはず で、その後の体制維持には必然的に 社会主義から共産主義に突入せざる 負えない現実が待ち受けています。 その結果、気力を奪われた若者たち ほどユニバーサル・ベーシックイン カムを待つ身となるのですが、冒頭 でお伝えしたように今の米英の若者 たちの間では、資本主義による経済 格差からの救済に、同じようなユニ バーサル・ベーシックインカムを望 む運動が起きているわけで、社会が 抱える根本的な問題に触れると、私 のような社会制度に無頓着な者でも 憂慮に堪えません。 ユニバーサル・ベーシックインカム (UBI)とベーシックインカム(BI)は混 同されますが、BIは社会保障と変わ りません。 UBIは、国民に一定の金額を無条件 で給付するベーシックインカムなの で区別するためUBI(Universal Basic  Income)と表現することがあります。 ユニバーサル・ベーシックインカム を最初に発案したのは16世紀初頭の 『ユートピア』(架空の国家名)中で トマス・モアが決して実現されない 理想社会として記ています。 当時は産業革命前の時代で、経済基 盤は農業でした。 大量失業やテクノロジーへの恐れは 近代になって出現したわけですが、 私有財産が廃止され、すべての人が 基本的な給付金を受け取る理想的な 共和国をモアは空想しました。 現実と対峙させることで、当時の社 会体制を批判したのです。 やがてこの構想は18世紀末のイング

ランド出身の二人の思想家トマス・ ペイン『土地配分の正義』とトマス

・スペンス『幼児の権利』の著書に よって初の提唱がなされたのです。 ロゴスに限らず、文字の力は計り知 れません。洗脳もすればその反対に 覚醒もさせるのですが、その一例と

して1951年調印のサンフランシスコ

講和条約を見てみましょう。 日本が主権を取り戻したこの条約に 日本語の正文はなく、正文に準じる

扱いになっています。あくまで正文

は英語、フランス語、スペイン語で

す。 サンフランシスコ講和条約を結んだ ことで、日本は独立国になったとさ れていますが、それは英文をそのよ うに解釈した翻訳を当てているから で、実際には疑わしいところがあり ます。 第一条 (b) The Allied Powers recognize the full  sovereignty of the Japanese people  over Japan and territorial waters. 文中のJapanという表記では日本国 を意味しないのです。 表記上では「日本の地域」ほどの意 味にしかならず、Japanese Nation と綴られなければ「日本国」にはな らないのです。 ところが日本語の翻訳文では「連合 国は、日本国及びその領水に対する 日本国民の完全な主権を承認する。」 とされています。 しかし英文からすれば、国際法上で 正式に国家として回復し独立が認め られたとは、解釈ができないのです。

ちなみに第一条(a)は「日本と連合国

との戦争状態の終了」。

第一条(b)は「日本国民の主権の回復」

を明記しています。

日本は単独講和を締結しました。

自由主義(資本主義)国家陣営に属し、

またアメリカとの二国間軍事同盟を

締結してアメリカ軍部隊のみ「在日

米軍」とし駐留を引き続き維持させ

て、今日に至ります。

翌年に発効が実施されGHQは廃止

されましたが、今日の私たちは敷衍

した自虐史観から解かれているで

しょうか。

私たちは、史上最大規模の犠牲者を

出した悲惨な世界大戦をしっかりと

振り返る必要があります。

戦後に生まれたからこそ紐解く必要

があるのです。そこから見えてくる

本当の真実を教訓にし、永遠平和の

ために生かさなければならないから

です。 近代の戦争を仕掛けてきたのは国際 金融資本家です。 彼らは対立を作り出し両者に資金を 貸し付けます。この国家を超えた存 在の元では、国家元首であっても躍 らされた一存在に過ぎないのです。 それでも戦争に突入させた人物がい なければ、開戦にはなりません。そ れは一体誰だったのか、先日大変に 興味深い話を知りましたので、詳細 には触れませんが、一考察として記 して終わりたいと思います。 それは後陽成天皇の直系11世孫に当 たり、藤原忠通の子基実を始祖とす る五摂家筆頭の近衛家29代当主近衛 文麿です。 その血統は当時は大勢いた皇族より もずっと皇室に近い存在でした。 近衛は京都大学のマルクス主義者・ 河上肇に学びました。 側近には共産主義者が集められ風見 章、尾崎秀実、西園寺公一、白洲次

郎等。また到底訳の分からない気が

触れたとしか言いようのない独善を

行った山本五十六も革新派でした。

しかし近衛自身はと言えば、共産主 義をひとつの道具に、日本の歴史に おける最大氏族・藤原氏筆頭の近衛 家として、はるか世の栄華を妄想し

たのではないでしょうか。 その証拠に、印章には近衛ではなく 藤原文麿を使用していたといいます。 近衛は東京裁判の証言台に立つ前夜 に青酸カリ服毒自殺をしたとされて います。果たして真相はどうだった のかは分かりません。 A級戦犯で処刑されたのは7名でした が、BC級戦犯では1000名が処刑され たそうです。 その中には無実の方もおられたでしょ う。そうしたビデオも観ました。 その無罪で処刑された方の何十周忌 かの法要に、罪を負わせた上官が訪 ねてくるのですが、親族方に叱責さ れると、上からのやむにやまれぬ命 令で、背けば命がなかったと自らを 弁護しました。保身のため部下を見 殺しにしたのです。 誰もが命こそ惜しいのです。しかし 冤罪はあってはならないことですし 罪なき者同士が戦い、命を奪い合わ ねばならない、こんな悍しいことは 決してあってはなりません。 左派は軍備を否定します。保守は、 攻め込まれた時にどうするのかと軍 事の重要性を説きます。自国で防衛 できないのでは、自立した国家とは いえません。 けれども、それでは軍事産業を戦争

屋を武器商人やその利得者を肥らせ

ることになるではありませんか。負

の連鎖を止めることにはなりません。 私たちの血は変温(冷血)ではありま

せん。未来を創る任をまっとうでき

る赤く熱い血潮が人類ならば流れて

いるはずです。

その燃え滾る尊い血をどれほど無益

にしてきたのでしょうか。 ホモサピエンスとは知恵のある人の 意味ですが、果たしてこのままの在

りようでは知的生命と言えるでしょ

うか。 サイバー戦争はすでに始まっていま す。各要所にはマルウェアが仕掛け

られている現実があります。

虫ほどの極小ドローンや兵士ロボッ

トが次々に開発されています。 それが人類の生み出した知恵だとす れば、この世のどこに希望を見い出 せるというのでしょうか。 反省とは立ち止まり己を省みること

です。

単純だけれどもこの親しみ深い言葉

の中に更生が託され残されています。

振り返ることができなければ地球は 死に体と化し、これ以上持ち堪えら れなくなる日は、ある日突如として やってくるでしょう。


そしてそれはもうそう遠いものでは

ないと、誰もが深層心理の無意識の

領域で薄々とも感じているはずです。

太平洋戦争勃発

1941(昭和16)年12月8日


78年前の開戦日を悼み

ー 永遠平和のために ー

        眞行寺君枝

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